2011年10月5日水曜日

移送の根回しは万全

北斗がついに動きよった。

勝てる見込みもないのにアホやなぁ、と思うけど、まあそんなことは本人達が一番分かってるやろ。

アホなクライアントの顧問弁護をすることになったのが運の尽きやな。

とりあえずこっちは移送の根回しも万全やし、Yもやるっちゅうんやったらとことんやったる、という頼もしい返事。和解に応じるつもりはないし、1円でも請求されたら最高裁(当然破棄差し戻し)までやるってさ。

とりあえず横浜への移送でとことん痛めつける。

長期化させて何度もこさせる。

裁判所で顔見てムカついたらサーファー連中呼んでボコったろ。

フルボッコで五体満足では福岡には返さんわ( ´ ▽ ` )ノ

2011年7月3日日曜日

恐喝罪で逆告訴!かぁ

あー、前記の内容で。

↓のブログかいてる間に弁護士Tから「恐喝罪で逆告訴可能」とのメールがきてた。

お~、逆告訴、しかも刑事告訴や!おもろい!

やっぱり「件の脅迫メール」が証拠となるらしい。

なんせ在籍中に損害賠償もとめる旨のメール送ってきてるしな、経歴に傷がつくけどええんか、とか書いてるしな。

まあ、このへんは法曹になりそこねたへっぽこなわしでも分かるけどな。


こんな時間にすまん、まじ感謝!

民事 vs 刑事。

ヘタしたらあのちっこい会社つぶれるかも知れんな。。

返り討ちやね

久々にブログ更新!

けど内容がつまらん、すんません。

まあ、なんや、連れ宛に「請求書」なるものが届いた。

普通の請求書やなく、法律事務所からや。

内容は、ちゅうと、入社してすぐに退職した会社から、設備費やら採用にかかった費用やら、業務として外国に渡航した際の費用やら・・・

見ててワロタわ。

そんなもん、ただの元社員に請求できるか、ちゅうの。

そんなことがまかり通ったら世の中の自己都合退職者は全員元の会社から請求される、ちゅうことになるやん。

アドバイザリー契約とかしてたら別やけど、ただの一般社員やで。

まあ、連れからちょっと変わった経営者(A氏)とは聞いてたけど、ここまでとは思わなんだ。

そのA氏の依頼を受けた弁護士事務所からの請求なんやけどな。

その法律事務所も法律扱ってて、そんな請求できんことくらい分からんのかな~。

連れを脅す為のパフォーマンスなんやろけど、内容がヒドイこと極まりない。

まあ、請求金額を地裁ライン超えるように無理庫裡捏造した感じやな。


次のアクションがあったら告発サイトかなんかで法律事務所やら弁護士やらの名前出したほうがええんかな。

ちゅうか、送ってきた告知文、まんまPDFで上げたらええんやろか?

まあ、なんにせよ、恥かくのん自分らやいうことくらい分かってると思うけどな。

まあ、こっちも弁護士と司法書士ついてるからなんちゃないけど、あきれてモノも言えん。

ちなみにA氏にはツツキどころ満載やから、目下こちらも司法書士と相談しながら訴訟検討中。

在籍中に送られてきた脅迫まがいのメールも証拠としてあるしな~

セクハラの事実もあるしな。

そもそも脅迫まがいのメール送った時点でパワハラちゃうのん?って思う。

かかってきたら返り討ちですわ。

かかってきてほしいもんや。

我が母校法学部連中あげての返り討ち大作戦や!


しかし持つべきものは法律家の友人どもやな~。

よくぞ試験パスしたもんや。

わしは落ちこぼれたけどな。

この先の展開が楽しみでごわす!

2011年4月9日土曜日

灯火

高台から、眼下の海と、その海を抱くように連なる山を眺める。

夕暮れ時。

薄墨を流したよう。

海の青も、

空の紺も、

山の緑も、

全ての色は曖昧になって、その境界を失う。

視界の全ては、淡く、ぼんやりとする。


山と海に挟まれて伸びる国道も、もはや視力で捉える事は難しい。

まばらに行き交う車は、うっすらと、かすかに、小さく、小さく見えるだけ。

そんな薄闇の視界に。

浮かび上がるテールランプの灯。

赤い灯火は視界の隅に急に現れ、ゆっくりと流れて、小さくなって、消える。

赤い灯火のひとつひとつが、

人間のこころのようだ。

わたしのこころのようだ。

喜悦。悲哀。憤怒。嫉妬。怠惰。傲慢。虚栄。偽善。優しさ。

どれもこれも、とても不確かで、心許ない。


視界の隅に現れた灯火は、やがて消えていく。

それが万物の理であるかのように。

意図せずとも。望まずとも。

そして、また視界の隅に、突然現れる。

制御不能な感情の渦のように。

予期せずとも。望まずとも。


「もしあなたが私のことを分かっていると言ったとしても、それはあなたが私の灯火のかけらだけを見ているのかも知れません。殆どが薄墨で消された視界の中で」



空に目を遣ると、天空に瞬く北極星。

それは、なんと対極的な、絶対的な光か。

いつもそこにあること。

それは、不確かな世界では、何か神聖なもののように思える。

ただそこにあること。

いつも変わらずあり続けること。

それは、とても得難く、有り難いことだ。


しかし。

不確かで心許ない灯火でも。

やがては消える灯火でも。

時には激しく瞬いて、闇夜を照らすこともある。

一度は消えても、再びその光を取り戻すことができる。


「もしあなたが私の灯火だけを見ていたとしても、あなたが私を見ているということに、変わりはありません」

「もし私があなたを見失ったとしても、私はあなたを探し続けるでしょう。心許ない灯火の瞬きを頼りに」

「たとえ同じ色の灯火が無数に瞬いたとしても、わたしはあなたの灯火を見つけ、あなたに辿り着くことが出来るでしょう」

2011年3月20日日曜日

「雨ニモマケズ」

雨にも負けず

風にも負けず

雪にも夏の暑さにも負けぬ

丈夫なからだをもち

慾はなく

決して怒らず

いつも静かに笑っている

一日に玄米四合と

味噌と少しの野菜を食べ

あらゆることを

自分を勘定に入れずに

よく見聞きし分かり

そして忘れず

野原の松の林の陰の

小さな萱ぶきの小屋にいて

東に病気の子供あれば

行って看病してやり

西に疲れた母あれば

行ってその稲の束を負い

南に死にそうな人あれば

行って怖がらなくてもいいといい

北に喧嘩や訴訟があれば

つまらないからやめろといい

日照りの時は涙を流し

寒さの夏はオロオロ歩き

皆に木偶の坊と呼ばれ

褒められもせず

苦にもされず

そういうものに

わたしは

なりたい

―「雨ニモマケズ」 宮沢賢治


宮沢賢治に

わたしは

なりたい

人間への試金石

東北関東大震災。

未曾有の災害、と報道されている。

被災地にいないので実情は分からないが、少なくとも阪神・淡路大震災よりも遥かに多くの犠牲者を出したのは間違いない。

南関東に住み、被害を免れた我々も、日々停電や原発の脅威に怯えて暮らしている。

災害は、もちろん、起こって欲しくない。

だが、このようなときこそ、人間のモラルや本当の強さ、優しさ、そして人間が人間たる所以を試されている気がする。

大袈裟に言えば、このような大規模自然災害は、神が人間に与える試金石ではないかと思う。

電気がなくなる。モノがなくなる。交通機関が麻痺する。そんな中で、本当に大事なものは何かを考える。

考える。

考える。

考える、ことが、できる、ということは、人間が人間たる所以である。


誰かが関東は危ない、という。

危ない、から、逃げる、というのは、思考が停止している証拠である。

危ないのは分かった。では自分はどうするのか。家族をどうするのか。守るべき人とどう行動するのか。

それを考えるのが人間である。

危ないから逃げる、では、人間ではなく、動物だ。

動物は、危険を敏感に察知し、無意識に自己防衛本能を働かせ、一目散に逃げる。

人間も動物であるから、もちろん究極的には自己防衛本能が働き逃げようとする。

しかし、この日本という、人口密集度の極めて高い国で、全ての人間が動物的行動をとったらどうのような事態になるかは、自明の理である。

3連休、関東から大阪や名古屋のホテルに逃れる人で、両地域のホテルが満室になったというニュースを聞いた。

彼らは、思考しているのだろうか?

仮に、東京が壊滅的な被害を受けるような事態になったとしたら、名古屋にいようが大阪にいようが、大差ないということに考えが及ばないのであろうか?

そこに考えが及べば、行動は違ってくるはずだ。


昔、人の噂、というものに惑わされて、痛い目にあったことがある。

それから、私は、あらゆる物事を、自分の目で見、耳で聞き、自分の頭で考えるクセをつけた。

誰がなんと言おうと、自分で納得できないことはしない。

それが、現代社会を無難に生きていくことに対して、しばしば邪魔をしたとしても、だ。


人間は一人で生きているわけではない。

地方から上京して、一人で暮らしている身でも、必ず誰かのお世話になっているはずだ。

私はいつもJ-WAVEというラジオ局のお世話になっている。

お世話になっているとは大袈裟かもしれない。ただ、ラジオを聴いているだけだが、それでもナビゲータの言葉に勇気をもらったり、流れる音楽に心を癒されたりする。

ナビゲーターは違う世界の人たちかもしれないが、同じ関東に暮らす人間だ。

彼らだって怖いはずだ。だけど、リスナーに呼びかける。

一緒に頑張りましょう、と。


私は世界30カ国を旅して様々な人種、人間性に触れてきた。

時に、日本と言う国が、日本人という人種が、狭小で世知辛い民族のように思うこともあった。

だけど、それは思考することを要求されなくなった、管理された日本という社会に住む人間の宿命のように思う。

人間の本能的な優しさ、強さ、そして考える力は万国共通だ。

今こそ、日本人は、人間の最も高尚な性質を発揮するときだと思う。

私は世界の人に思ってもらいたい。

日本人のように振舞えるようになりたい、と。

そう思った世界の人たちが、次に自分たちが同じ境遇に陥ったとき、尊敬に値する行動をとってくれれば、世界は変わる。


今、憔悴しているヒマなどない。

生きている我々が、自分で考えて行動をする。

特別なことはしなくていい。

自分ができる精一杯を、すればいい。

一人ひとりの小さな行動が、やがて世界を変えるかもしれない。

思考を止めてはいけない。

無駄な情報は掃いて捨てる。

考える。

考える。

人間として。


震災で亡くなられた多くの方に、心よりお悔やみ申し上げます

2011年1月23日日曜日

エステバン?

あ~、やっと風邪が治った、おもたら、鼻水出るやん、目かゆいやん。

きましたやん、スギ花粉の季節が。

今年は去年の8~10倍やて。なんじゃそれ、っちゅうかんじやけど、まああの猛暑やから覚悟はしてた。

んで、病院で去年までとは違う薬を出してもらう。

「せんせー、今年は強烈って言うてますやん。ヤバイっちゅう話ですやん。去年までのアレグラ君では今年のスギヒノキ連合軍には太刀打ち出来んのとちゃいますか??」

「うーん、そうだね。では、今回はエバステル君でいこうじゃないか」

「エステバン?グロリア・エステバン??キューバ人ですか?」

「・・・キミ、古いね・・・日本製だけどね・・・」

「せんせー、エステバン君は、強いんでっか??」

「おう、強いよ。・・・エバステルだけどね」

「よっしゃあ、そのアバズレルで、おねがいしまっす!」

「・・・エバステルね・・・」

というわけで、エステバンくんを昨日から飲んでるわけやけどね。

ごっつぅ、眠いねん。

めちゃめちゃ眠いねん。

これはやばいで。明日からやばいで。

花粉もやばいけど、エステバンくんの眠気もやばいねん。

今日は朝起きてからも、昨日のアジア杯録画で見ながらずーっと転寝してた。

どうしたらええんやろ、せんせー??

あー、今にも寝そうなくらい、眠いぃぃx・・・xエステバンくぅ~~ん・・・

あ、エバステル、ね