バラエティに限らず、ニュース番組でもテレビに字幕が出るようになって久しい。
NHKのニュースですら字幕が出る世の中なのだから、今更テレビの字幕に違和感を覚える人は殆どいないのかも知れない。
(若い人は字幕が出なかった時代すら想像できないだろう)
字幕が出る、そのこと自体は特に問題ではないのだ。
問題は、最近とみに字幕の漢字が「ひらかれている」ことだ。
ひらく、というのは、編集用語で、漢字をひらがなに直すことを言う。
雑誌では、ターゲットの読者層に合わせてひらがなを選択するのは問題ないと思う。
しかし、日本の国営放送局がむやみやたらにひらがなを多用し、漢字の認識率低下に拍車を掛けるのはいかがなものか?
NHKのニュースで、「真摯」→「真し」、「完璧」→「完ぺき」などという表記を見ると「あんたら国民馬鹿にしてんのん??」と言いたくなる。
理由は、常用漢字表にない漢字は字幕に使わない、という規定?が出来たらしく、それに則っているのだそうだが、そもそもそんなくだらない規定は作るべからず、である。
このままでは、若い世代の人たちの漢字離れはますます進むばかりだ。
ひらがな、カタカナ、漢字に加え、アルファベットまで解釈する、世界でも稀有な識字率を誇る日本国民。
しかし、このままでは一億総文盲化の道を辿るのではないか、という危惧を覚えるのである。
ちなみに「文盲」という言葉を使うだけで差別用語などといわれる世の中になったが、古来からの語彙を失わないことのほうが、そのようなくだらない議論をするより余程大切なことのように思える。
2010年12月31日金曜日
2010年12月29日水曜日
イマジン
イマジン、と、PCのIMEが素直に変換してくれない。「今人」って何やねん!とツッコミたくなる。
イマジン、よし、PCも覚えた。
イマジン。ジョン・レノンの、「イマジン」。
今年の12月8日はジョンが凶弾に倒れて30年目、ということで、音楽業界周辺はなにやら盛り上がっていた。ラジオやテレビではビートルズ特集、ライブシーンではミュージシャンによるトリビュートイベントなどなど。
ポールはともかく、リンゴやジョージが死んでも、やはりこれだけの影響力は残せないだろうと思うと、改めてジョンあってのビートルズだったのだと、再認識する。
中学生の時、母親が誕生日にジョンのアルバム「イマジン」を買ってくれた。
そのときは、まあ反抗期、というのもあったのだが、正直そのアルバムはあまり聞かなかった。いや、聞いたのだが、それほどいいとは思わなかったのだ。ビートルズって昔の人やろ?ジョン・レノンってもう死んでんねんやろ?みたいな。
それでも、イマジンだけは、曲じゃなくて、歌詞を読んだ。なんて簡単な英語なんやろう!って。英語の勉強に丁度よかった。歌詞を覚えた。訳も、もちろん覚えた。そして、曲は聴かなくなった。
オーストラリアに滞在していた33歳のとき、なぜか急にイマジンが聴きたくなった。理由は分からない。もちろん、それまでにラジオから流れてくるイマジンを何回聴いたかは分からない。でも、自発的に聴きたくなったのは、初めてだった。
i-Podに入っていたのね、だから聴いた。
そいで、泣いた。涙が止まらなくなった。
イマジンって、聖書じゃん!って思った。
決して宗教的という意味ではない。
(そもそもイマジンの歌詞中で宗教はない、って言ってるしね)
一応キリスト教学校出身だから聖書の内容は少しくらい知ってる。
聖書って、人間が「自分はできないけど、できれば人間としてこうありたい」って思うようなことを集めました、みたいな、人間のあるべき姿集みたいな内容。それを、イマジンは端的に言っているのだ。
想像してごらん、天国なんてないんだよ。
考えてみれば簡単なことだろ?
地獄なんてものもないさ。
僕らの頭上にはただ空が広がっているだけ。
その下で、みんな、ただ今日を生きているんだ。
想像してごらん、国境なんてないんだよ。
想像するまでもないくらい、簡単なことさ。
殺しあって死ぬことなんてないんだ。
宗教の違いなんて、ほんとに関係ないことだよ。
ただみんなが、平和に生きている。
それだけだろ。
想像してごらん、所有なんて概念すらないって。
キミならできるはずだよ。
欲に溺れたり、飢餓の心配なんてなくなるよ。
だって、みんな兄弟なんだから。
ほら、想像しようよ、みんなが同じ世界を分かち
合うってことを。
僕のことを夢想家っていうんだろ?
でも、僕は一人じゃないよ。
いつかはキミにもわかるはずだよ。
そのときはキミも仲間だよ。
そして、世界はひとつになるんだ。
なんと見事な、3分1秒の聖書。
想像すれば、本当に不可能なことなんてないんだよね、って思える。
そう思ったら、涙が止まらない。
想像力は、人間に与えられた最も高尚な宝物。
想像力のない人間は猿と同じだ。
傲慢で下品で狡猾な猿が世界を破壊している。
いまだに、ジョンの想像した世界を想像できない人が世界を支配している。
自分はいつまでも想像できる人間でありたい。
ジョンのように。
今、イマジンが聴きたくなって、聴こうと思ったけど、なぜかi-Podに入っていない。CDはすぐには探せない。
だから、想像してみる。
Imagin, hearing your voice if I can do it, John...
イマジン、よし、PCも覚えた。
イマジン。ジョン・レノンの、「イマジン」。
今年の12月8日はジョンが凶弾に倒れて30年目、ということで、音楽業界周辺はなにやら盛り上がっていた。ラジオやテレビではビートルズ特集、ライブシーンではミュージシャンによるトリビュートイベントなどなど。
ポールはともかく、リンゴやジョージが死んでも、やはりこれだけの影響力は残せないだろうと思うと、改めてジョンあってのビートルズだったのだと、再認識する。
中学生の時、母親が誕生日にジョンのアルバム「イマジン」を買ってくれた。
そのときは、まあ反抗期、というのもあったのだが、正直そのアルバムはあまり聞かなかった。いや、聞いたのだが、それほどいいとは思わなかったのだ。ビートルズって昔の人やろ?ジョン・レノンってもう死んでんねんやろ?みたいな。
それでも、イマジンだけは、曲じゃなくて、歌詞を読んだ。なんて簡単な英語なんやろう!って。英語の勉強に丁度よかった。歌詞を覚えた。訳も、もちろん覚えた。そして、曲は聴かなくなった。
オーストラリアに滞在していた33歳のとき、なぜか急にイマジンが聴きたくなった。理由は分からない。もちろん、それまでにラジオから流れてくるイマジンを何回聴いたかは分からない。でも、自発的に聴きたくなったのは、初めてだった。
i-Podに入っていたのね、だから聴いた。
そいで、泣いた。涙が止まらなくなった。
イマジンって、聖書じゃん!って思った。
決して宗教的という意味ではない。
(そもそもイマジンの歌詞中で宗教はない、って言ってるしね)
一応キリスト教学校出身だから聖書の内容は少しくらい知ってる。
聖書って、人間が「自分はできないけど、できれば人間としてこうありたい」って思うようなことを集めました、みたいな、人間のあるべき姿集みたいな内容。それを、イマジンは端的に言っているのだ。
想像してごらん、天国なんてないんだよ。
考えてみれば簡単なことだろ?
地獄なんてものもないさ。
僕らの頭上にはただ空が広がっているだけ。
その下で、みんな、ただ今日を生きているんだ。
想像してごらん、国境なんてないんだよ。
想像するまでもないくらい、簡単なことさ。
殺しあって死ぬことなんてないんだ。
宗教の違いなんて、ほんとに関係ないことだよ。
ただみんなが、平和に生きている。
それだけだろ。
想像してごらん、所有なんて概念すらないって。
キミならできるはずだよ。
欲に溺れたり、飢餓の心配なんてなくなるよ。
だって、みんな兄弟なんだから。
ほら、想像しようよ、みんなが同じ世界を分かち
合うってことを。
僕のことを夢想家っていうんだろ?
でも、僕は一人じゃないよ。
いつかはキミにもわかるはずだよ。
そのときはキミも仲間だよ。
そして、世界はひとつになるんだ。
なんと見事な、3分1秒の聖書。
想像すれば、本当に不可能なことなんてないんだよね、って思える。
そう思ったら、涙が止まらない。
想像力は、人間に与えられた最も高尚な宝物。
想像力のない人間は猿と同じだ。
傲慢で下品で狡猾な猿が世界を破壊している。
いまだに、ジョンの想像した世界を想像できない人が世界を支配している。
自分はいつまでも想像できる人間でありたい。
ジョンのように。
今、イマジンが聴きたくなって、聴こうと思ったけど、なぜかi-Podに入っていない。CDはすぐには探せない。
だから、想像してみる。
Imagin, hearing your voice if I can do it, John...
2010年12月28日火曜日
やっぱりデフォは西
何年かぶりに二日酔いした。
まあそれは自分の不注意(=海老蔵)やからどうでもええねんけど、頭の思考回路が止まったら、脳内言語が関西弁になってることに気づく。
関東にきてもうすぐ20年経つし、普段は脳内言語も関東弁やから言葉ももちろん関東弁。そやけど、やっぱりデフォは関西なんやな~、と改めて認識。
PHPでゆうたらこんな感じ
$noumiso_level = 10 ; //パーセント
if ( $noumiso_level >= 30 ){
$language = "関東弁" ;
}else
$language = "関西弁" ;
}
print "今の脳内言語は{$language}です";
もしくはMySQLでゆうたら
MyISAM = 関西弁
InnoDB = 関東弁
みたいな感じ。
普段は拡張エンジンでがんばってるんやね、オレの脳ミソ
今日はゆっくりお休みよ…
まあそれは自分の不注意(=海老蔵)やからどうでもええねんけど、頭の思考回路が止まったら、脳内言語が関西弁になってることに気づく。
関東にきてもうすぐ20年経つし、普段は脳内言語も関東弁やから言葉ももちろん関東弁。そやけど、やっぱりデフォは関西なんやな~、と改めて認識。
PHPでゆうたらこんな感じ
$noumiso_level = 10 ; //パーセント
if ( $noumiso_level >= 30 ){
$language = "関東弁" ;
}else
$language = "関西弁" ;
}
print "今の脳内言語は{$language}です";
もしくはMySQLでゆうたら
MyISAM = 関西弁
InnoDB = 関東弁
みたいな感じ。
普段は拡張エンジンでがんばってるんやね、オレの脳ミソ
今日はゆっくりお休みよ…
じるでこ
汁出こ、じゃなくてジルデコ、今年ハマッタわ~。
最初は「なにー?ドリカムの二番煎じ??」ておもたけど(似てるけどねー)、なんつーか、味わい深いやん。
「愛車リマインド」、泣けるわ~
毎日泣いてるし。
ちひろかわいいし!
http://jilldeco.syncl.jp
最初は「なにー?ドリカムの二番煎じ??」ておもたけど(似てるけどねー)、なんつーか、味わい深いやん。
「愛車リマインド」、泣けるわ~
毎日泣いてるし。
ちひろかわいいし!
http://jilldeco.syncl.jp
2010年12月25日土曜日
理想と現実
「理想と現実」-
人は、どういうときにこの言葉を使うだろうか?
商売をするのに、金儲けが目的になってはいけない。金儲けは「課題」であるべきだ。商売をする目的は、何であれ、「実現したいこと=理想=夢」であるのが本来の姿である。「理想」を実現するためにはお金が必要、だからお金を儲けることは「理想」を実現する過程での「課題」である。
金儲けを目的にしたときから、彼には緩やかな死が訪れる。彼は金儲けの先に何も見ることができないからだ。お金が手に入ったら、彼の目的はそれで終わり。麻雀でいえば「アガリ」である。金儲けは金儲け以外のものには発展しないからだ。
お金が欲しいだけならば家で株でも為替でもやっていればよい。それならば誰にも迷惑をかけない。弱者を食い物にして商売をするのは最も卑劣な行為である。 そのような行為を続けて、老いを迎え、いざ死の床についたとき、彼はどのような顔になっているのだろう?推して知るべし、である。
「理想」という目的を持っている人は、お金が手に入っても理想に向かって邁進する。理想はさらなる高みへ昇華し、無限の拡がりを持つ。やがて理想は宇宙となり、彼の生命が終わったとしても、その宇宙は同じ志を持つ者へと引き継がれる。
「理想?そんな甘い事をいってたら商売なんてできないよ」という人がいる。何故か?最初から利潤を追求するほうが簡単に結果が出るからだ。だから、前述の台詞は、利潤を追求してひとまず「成功」した人の言葉である。しかし、彼はすでに自分が死に向かっていることに気づいていない。それは真の「成功」からは程遠いのではないだろうか。
最初から理想を目的にするほうが何倍も難しい。棘の道である。だけれども、その理想を実現するために、必死でもがき苦しむことを「努力」という。理想を持つということは、人間の美徳である「努力」を促すことに繋がる。
「理想と現実」。よく使われる言葉であるが、多くの人はこの言葉を使うとき、そこに諦観を持っている。それでは駄目だ。「理想と現実」は、かけ離れているから諦める、のではなく、その差を縮めるために努力する、そういう気持ちで使う言葉だ。
理想は情熱であり 、情熱は生きる力だ。
情熱は、一旦その火が消えても、また灯すことができる。
それは、人がいくつであろうが、関係ない。
人は、どういうときにこの言葉を使うだろうか?
商売をするのに、金儲けが目的になってはいけない。金儲けは「課題」であるべきだ。商売をする目的は、何であれ、「実現したいこと=理想=夢」であるのが本来の姿である。「理想」を実現するためにはお金が必要、だからお金を儲けることは「理想」を実現する過程での「課題」である。
金儲けを目的にしたときから、彼には緩やかな死が訪れる。彼は金儲けの先に何も見ることができないからだ。お金が手に入ったら、彼の目的はそれで終わり。麻雀でいえば「アガリ」である。金儲けは金儲け以外のものには発展しないからだ。
お金が欲しいだけならば家で株でも為替でもやっていればよい。それならば誰にも迷惑をかけない。弱者を食い物にして商売をするのは最も卑劣な行為である。 そのような行為を続けて、老いを迎え、いざ死の床についたとき、彼はどのような顔になっているのだろう?推して知るべし、である。
「理想」という目的を持っている人は、お金が手に入っても理想に向かって邁進する。理想はさらなる高みへ昇華し、無限の拡がりを持つ。やがて理想は宇宙となり、彼の生命が終わったとしても、その宇宙は同じ志を持つ者へと引き継がれる。
「理想?そんな甘い事をいってたら商売なんてできないよ」という人がいる。何故か?最初から利潤を追求するほうが簡単に結果が出るからだ。だから、前述の台詞は、利潤を追求してひとまず「成功」した人の言葉である。しかし、彼はすでに自分が死に向かっていることに気づいていない。それは真の「成功」からは程遠いのではないだろうか。
最初から理想を目的にするほうが何倍も難しい。棘の道である。だけれども、その理想を実現するために、必死でもがき苦しむことを「努力」という。理想を持つということは、人間の美徳である「努力」を促すことに繋がる。
「理想と現実」。よく使われる言葉であるが、多くの人はこの言葉を使うとき、そこに諦観を持っている。それでは駄目だ。「理想と現実」は、かけ離れているから諦める、のではなく、その差を縮めるために努力する、そういう気持ちで使う言葉だ。
理想は情熱であり 、情熱は生きる力だ。
情熱は、一旦その火が消えても、また灯すことができる。
それは、人がいくつであろうが、関係ない。
クリスマスソング
数あるクリスマスソングの中で、クリス・レアの「Driving Home for Christmas」が一番好きなんだが、クリス・ペプラーもこれが一番、とか。
クリス・ペプラーが毎年12月になると「こんにちは、クリスマス・ペプラーです」と自己紹介をするのは定番だが、先週のサウージ・サウダージの最後で、なんとあの滝クリも「お相手は、滝川クリスマスでした」って言った。。
J-WAVE、たまに路線がいまいち分からなくなるけど、大好きですよ。
クリス・ペプラーが毎年12月になると「こんにちは、クリスマス・ペプラーです」と自己紹介をするのは定番だが、先週のサウージ・サウダージの最後で、なんとあの滝クリも「お相手は、滝川クリスマスでした」って言った。。
J-WAVE、たまに路線がいまいち分からなくなるけど、大好きですよ。
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