2010年12月25日土曜日

理想と現実

「理想と現実」-

人は、どういうときにこの言葉を使うだろうか?

商売をするのに、金儲けが目的になってはいけない。金儲けは「課題」であるべきだ。商売をする目的は、何であれ、「実現したいこと=理想=夢」であるのが本来の姿である。「理想」を実現するためにはお金が必要、だからお金を儲けることは「理想」を実現する過程での「課題」である。

金儲けを目的にしたときから、彼には緩やかな死が訪れる。彼は金儲けの先に何も見ることができないからだ。お金が手に入ったら、彼の目的はそれで終わり。麻雀でいえば「アガリ」である。金儲けは金儲け以外のものには発展しないからだ。

お金が欲しいだけならば家で株でも為替でもやっていればよい。それならば誰にも迷惑をかけない。弱者を食い物にして商売をするのは最も卑劣な行為である。 そのような行為を続けて、老いを迎え、いざ死の床についたとき、彼はどのような顔になっているのだろう?推して知るべし、である。


「理想」という目的を持っている人は、お金が手に入っても理想に向かって邁進する。理想はさらなる高みへ昇華し、無限の拡がりを持つ。やがて理想は宇宙となり、彼の生命が終わったとしても、その宇宙は同じ志を持つ者へと引き継がれる。

「理想?そんな甘い事をいってたら商売なんてできないよ」という人がいる。何故か?最初から利潤を追求するほうが簡単に結果が出るからだ。だから、前述の台詞は、利潤を追求してひとまず「成功」した人の言葉である。しかし、彼はすでに自分が死に向かっていることに気づいていない。それは真の「成功」からは程遠いのではないだろうか。

最初から理想を目的にするほうが何倍も難しい。棘の道である。だけれども、その理想を実現するために、必死でもがき苦しむことを「努力」という。理想を持つということは、人間の美徳である「努力」を促すことに繋がる。

「理想と現実」。よく使われる言葉であるが、多くの人はこの言葉を使うとき、そこに諦観を持っている。それでは駄目だ。「理想と現実」は、かけ離れているから諦める、のではなく、その差を縮めるために努力する、そういう気持ちで使う言葉だ。

理想は情熱であり 、情熱は生きる力だ。

情熱は、一旦その火が消えても、また灯すことができる。

それは、人がいくつであろうが、関係ない。

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