2011年1月11日火曜日

膨張する小宇宙

十数年前、HMV横浜のジャズコーナーは広大なスペースを誇り、そこはガラスと扉で区切られた異空間だった。

POPSなんかを聞いている身からすれば、何か聖域のような佇まいがあった。
その異空間に飛び込んだのは、何の因果だったのだろうか。
私は明らかに闖入者だった。

異空間に漂う、独特の空気に威圧されながら、何も分からず、「A」の棚から順番に、次々とCDを引っ張り出しては戻す作業。ジャズに造詣がないのだから、耳に書かれたコピーとジャケットの写真に頼る選別作業。
「Z」まで続けるとしたら、それはとてつもなく果てしない作業だったのだけれども、しかし、その作業はすぐに「B」の棚で終わりになった。

ビル・エバンス。

耳にしたことはあるその名前と、ジャケットに写る神経質そうな、だけども底知れない知性と感性を秘めた風貌に惹かれた。「Waltz for Debby」というタイトルの、ジャケットの耳に書かれた短いコピーを読んだ。

「ジャズ史上に燦然と輝く永遠の名盤」。

誰にでも書ける陳腐なコピー。
しかし、陳腐なコピーは容易に闖入者の心を捉えた。

スコット・ラファロのベースが素晴らしいという。目立たないが、ポール・モチアンあってのトリオ演奏だと言う。確かにそうかも知れないが、そんなことはジャズを初めて聴いたものには分かることではない。だけど、その名盤を再生した瞬間、エバンスのピアノプレイは、確実に、速やかに、強烈なメッセージとインパクトを私の脳に打ち込んだ。
この瞬間、私の中にジャズという小宇宙が誕生した。

そして、ビル・エバンスという太陽が。


初めて「ワルツ・フォー・デビー」を聴いてからもう十年以上の歳月が経つが、未だに週に何度かはこのアルバムを聴く。
1千回、は聴いたと思う。998回目と999回目に何の差異もないこともあれば、突然1000回目に新たな発見をすることもある。そんなアルバムである。

アルバムタイトル曲、ワルツ・フォー・デビー。エバンスが自らの姪、デビーに捧げた、その優雅で繊細な旋律は、聴くたびに、今でも私の脳を刺激する。脳の中で、1400億個の神経細胞は揺さぶられ、新たなシナプスを生成し、音楽領域を再構築する。

十年前、私の中に生まれたジャズという小宇宙。その小宇宙の中心に存在するビル・エバンスという太陽は、今も尚、果てしない膨張を続け、周りの惑星を飲み込んでいく。太陽の膨張に伴い、小宇宙も膨張を続け、やがて、私の銀河を支配する。

0 件のコメント:

コメントを投稿