2011年1月3日月曜日

人生のハイライト

年をとると、若いころには全く興味のなかった駅伝というものにハマるようになる、という人は多いようだ。

まあ、ワタクシも例にもれず、である。4、5年前からは、正月に箱根駅伝をほぼ毎年観ている。

おまけに、時を同じくして母校が復活出場を果たしたのだから、まあ、観ないわけにはいかないのである。

今年は前評判通り、早稲田と東洋の一騎打ちとなったわけで、東洋柏原が3年連続往路優勝を決めた5区の攻防はもちろん、その東洋に借りを返した早稲田の6区高野もすばらしい走りだった。

シード争いも、最後まで見応えがあった。

しかし、ワタクシが心を動かされたのは19位でゴールした上武大の最終ランナー。既に優勝争いも、シード権争いも終わった中、アナウンサーが事前に用意していたであろう文章を読み上げる。

「四年生にして初出場の彼は、この箱根駅伝を最後に、レースから身を引きます。卒業後は地元の村役場に就職が決まっています。最初で最後の箱根駅伝です」と。

おそらく、全ての出場選手のプロフィールは用意されているだろう。しかし、このようにレースとは関係ない個人のプロフィールをのんびりと紹介されるのは、彼が最終ランナーとして、あの19位という位置を走っていたからこその賜物なのである。

エントリー150人の選手の中で、19位という、ビリから二つ目のポジションを走りながら、彼は一生残るであろう全国放送での個人紹介を、単独で受けたのだ。今後も陸上会で長く活躍する選手ではない。これが最後となるレースで、彼はおそらく人生のハイライトを迎えたのだ。

22歳という年齢で人生のハイライトを迎えるのは早すぎると思うかもしれない。人生は長いのだから。

ただ、少なくとも、彼がこの箱根駅伝で、一生の宝物を手に入れたことは間違いないのだ。きっと、就職先の村役場でも、定年まで「箱根ランナー」と言われ続けることだろう。それは、素晴らしいことに違いない。彼は一生の宝物と同時に、死ぬまで消えることのない誇りを手に入れたのだから。

数あるスポーツの中でも、箱根駅伝というのはプロではない、その素人臭さゆえ、人間ドラマが突出している。そこが観る人の心を捉えるのだろう。

今年も心に残るドラマを見せてくれた選手たちに、お礼をいいたい。

ありがとうございました。

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